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おね(秀吉の妻、北政所)への手紙から読み取る信長の配慮

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織田信長が、羽柴秀吉の正妻である「おね(ねね、後の北政所・高台院)」に送った一枚の手紙があります。今回はこの手紙から読み取れる信長の性格や手紙を送った意図などを探っていきたいと思います。

信長がおねに送った手紙は「羽柴秀吉室杉原氏宛消息」と呼ばれ、名古屋にある徳川美術館に展示されています。最近は「信長の優しい一面を示す手紙」として、メディアなどで取り上げられる機会も増えてきたので、歴史好きの方は結構知っている方も多いのではないでしょうか?

原文及び訳文は、下記のサイトで見ることができます。

秀吉の妻を気遣う織田信長の手紙 | 日本のはなし

せっかくですから、現代語訳は私流にアレンジしてご紹介したいと思います。

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織田信長から羽柴秀吉正室「おね」へ贈られた手紙

あなたがおっしゃる通り、この度はこの地に初めてやってきてくれて、顔が見られて嬉しかった。

特にお土産をいろいろ持ってきてくれて、その美しさは目に余るほどで、筆には尽くしがたい。

ご祝儀の代わりにこちらからも何かやろうかと思ったが、あなたから見事なものを貰ったので、特別な志の品などもないので今回はやめておく。次にあなたが来たときにあわせようと思う。

なかでも、あなたの見た目や姿かたちまで、以前お会いして別れてから、十のものが二十になったほど格段に美しくなっている。

藤吉郎が連連と「不満だ」と言っているとのこと、言語道断のけしからんことだ。どこを探してもあなたほどの人はもう二度とあのハゲネズミには見つけられないだろう。

これより以後は、立ち振舞いを十分に振り返って、いかにも奥方らしく威厳を持って、嫉妬に狂ったりすることはしてはいけない。

ただし、女の役目なので、いうべきことをすべて言ってしまわないようにするといいだろう。

なお、この手紙は羽柴にも見せてくれるように頼む。

さて、この手紙から一体どのようなことがわかるのでしょうか?

「信長からおねへの手紙」は社交辞令の挨拶ではない

手紙の冒頭部分は、自分に会いに来てくれたことと、お土産を持ってきてくれたことに対するお礼です。手紙が送られた当時、1576(天正4年)は、信長が安土城を築城した都市です。秀吉が長浜城主になった後の時期でもあるので、「上司にお礼の挨拶に行った」というところでしょうか。

注目するべきは「いい返礼品が見つからないので、次に来たときに渡そうと思う」と言っている点です。信長はおねにとって「夫の上司」に当たるわけですから、本来であれば適当に価値のある品物を送れば失礼には当たらないはずです。にも関わらず、こうした対応をとったということは、信長がおねの訪問に対してマニュアル的に対応しているわけではなく、丁寧に心を込めて対応していることがわかります。(この点は、手紙の続きからも感じとれます)

そして「次に来たときに」と伝えることで「また来てもいい」とさり気なく伝えている点も見過ごせません。今回の訪問が「夫が出世できたことに対する挨拶」であるなら、「(秀吉がまた出世したら、そのときに)また挨拶に来い」といっているともとれるので、上司として、部下の妻に夫の更なる活躍を願っている意志を伝える気づかいも含まれているといえます。

実は秀吉ではなく、おねに注意を促す手紙だった

「お土産のお礼の話」の後は、急に話題が変わります。まずは「前にあったときよりずっときれいになったね」とおねの容姿を褒めちぎっています。この、まず相手を褒めるところから入っているという点を覚えておいてください。

次に、藤吉郎=秀吉が「常々妻への不満を口にしているらしい」という話に触れます。これはおそらく、おねと前回安土で会ったときに話題にのぼったのでしょう。ということは、おねと信長は「夫の愚痴」を話せるくらい距離が近い関係だったと考えられます。そして、この点においておねの主張を100%認め、秀吉を「ハゲネズミ」とこき下ろしています。この部分がよく「信長が秀吉の夫婦喧嘩を仲裁した」、「秀吉の浮気をたしなめた」とメディアなどで取り上げられる部分です。

しかし、続きを見ていくと、信長がいいたいことはそれほど簡単ではないということがわかります。夫から常々不満を口にされているおねを擁護し、秀吉を批判した信長ですが、ここからは「おねに対する注意」が書かれているのです。「日頃の立ち振舞いを反省しろ」、「正妻らしく堂々とふるまえ」、「焼きもちを焼いて癇癪を起こしたりしてはいけない」というふうに、「おねにも反省するべき点がある」と伝えています。

細かいことですが、ここで「嫉妬したりしてはいけない」と書かれていることが「おそらく秀吉は女遊びをして、それを信長にたしなめられているのだろう」と言われる根拠です。

わざわざ手紙で注意を促した信長の繊細な配慮

ここからは私の想像ですが、おねはおそらく信長に会いに行ったときに「夫が自分に不満ばかり口にして、浮気を繰り返している」と相談したのでしょう。「相談」と書きましたが、もしかしたら涙ぐみながら感情的に夫への不満を口にしたのかもしれません。信長はおそらく、おねに同意しながら秀吉に対する愚痴をずっと聞いていたことでしょう。

しかし、信長がこうした手紙を送っているということは、その場で「でも、お前(おね)にも反省するべきところがあるんじゃないの?」とは言わなかった、ということです。あくまでその場では愚痴は愚痴として聞き、相手の立場に寄り添って共感する姿勢を見せたのでしょう。そして、上司に愚痴を言ってある程度の時間がたち、おねの気持ちが落ち着いたと考えられた時点でこの手紙を送ったのだと思います。

しかも、最初からおねをたしなめるような内容にするのではなく、おみやげの素晴らしさや容姿などプラスの面を褒め、改めて秀吉の態度をたしなめてから、「お前もこういうところに気をつけたほうがいいよ」と一言だけ注意しているのです。おねの心情に配慮した極めて繊細なコミュニケーションのとり方だと思います。

さらにその後で、「浮気をたしなめたり、夫に言うべきことを言うのは女の仕事だから必要なときもあるだろう。でも、全部言いたいことを言ってしまうと喧嘩になってしまうから、ある程度にとどめて言うといいよ」と、「夫婦円満を保つ解決法」まで提案してくれているのです。

「秀吉のメンツ」にまで配慮した細かい気配り

最後のポイントは、「この手紙を秀吉にも見せるように」と伝えている点です。メディアなどでは「自分も妻を大切にしない秀吉に怒っている」ということを伝え、秀吉の女遊びを注意していると解釈されることが多いですが、私はもう少し細かい配慮があるのだ思います。

先程触れたとおり、この手紙が「秀吉の女遊びをたしなめたもの」と解釈される根拠は、おねに対して「嫉妬してはいけない」と伝えている部分があるからです。妻が嫉妬すること=夫の女遊びがあった、という解釈ですね。しかし、言い換えるとこの手紙の中では一度も「秀吉が女遊びにうつつを抜かしている」と書かれている部分はない、ということになります。

「秀吉が女遊びに夢中になっていて困っている」ということは、おそらく信長に会ったとき、おねの方から伝えられたはずです。この手紙がおねだけに宛てられたものであれば、「秀吉の女遊びにも困ったもんだ」と書くこともできたでしょう。しかし、信長はこの手紙を「秀吉にも見せること」を前提として書いています。「秀吉が女遊びに夢中になっている」と明言されていないのはそのためでしょう。

つまり、手紙の中で「女遊び・浮気をしている」と明言しないことで、妻の前での秀吉のメンツを保ったわけです。秀吉は妻が自分の上司である信長と会ったとき、どんな会話をしていたのか知りません。しかし、おねがこの手紙を見せれば「妻が自分の女遊びについて、上司に相談した」ということはわかるはずです。この時点で、男として、夫としてはかなり恥ずかしいことです。「自分(信長)は、お前が妻をほったらかして女遊びに夢中になっているをの知っているぞ」とはっきり書いてしまうのは過剰だと考えたのでしょう。

しかし、この書き方であれば信長が「秀吉の女遊びを知っている」ということは暗に伝わります。そうすれば、秀吉としても体面がありますから、女遊びを控えるようになるでしょう。過度に部下のメンツを貶めず、かつその行いを改めさせようとする信長の細かい配慮が見て取れます。

まとめ:おねへの手紙から読み取る信長の配慮

信長からおねへの手紙(羽柴秀吉室杉原氏宛消息)からは、次のような点が読み取れます。

  • 秀吉をたしなめているようで、実はおねへの注意を促す手紙だった
  • おねの気持ちが落ち着いたタイミングで、受け入れやすいような伝え方で書かれている
  • 秀吉のメンツを傷つけないような配慮もされている

正直にいって、部下の夫婦関係にここまで配慮してくれる上司がいたら私はとてもうれしいと思いますが、皆さんはいかがでしょうか?

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