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けものフレンズ7話感想その19:正体がわかってもリアクションが薄いかばんちゃん

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諸注意

けものフレンズ7話感想その18:カレーの虜になった博士と助手
【Bパート やみつきになる辛さ】 サーバルとかばんちゃんに促され、カレーを食べるのをためらっていた博士と助手はついにカレーにスプーンを伸ばします。 (おぼつかない手つきでスプーンを操り、口...

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【Bパート かばんちゃんの正体が判明】

カレーを食べた博士と助手は、最初こそその辛さに驚いていたものの、徐々にスプーンが止まらなくなりってしまいました。

サーバル:食べてるじゃん!

アフリカオオコノハズク(博士):これは・・・なぜか・・・やめられないのです!

ワシミミズク(助手):やみつきです・・・これが・・・料理ですか!

かばんちゃん&サーバル:うわぁ・・・!

(博士と助手、かばんちゃんの料理を完食)

かばんちゃん&サーバル:あっ・・・!ははっ・・・!

助手:合格、です。

博士:教えてやるので、おかわりをよこすのです。

(一同、図書館の中へ)

サーバル:さぁ、もうお腹いっぱいでしょ。早く教えてよ。

博士:わかりました。あなたは・・・

かばんちゃん:(思わず息を呑む)

博士:・・・ヒトです!

サーバル:・・・そうかー!やっぱりハシビロちゃんの言うとおりだったね!

かばんちゃん:うん。

博士:驚かれなかったのです。

助手:ここでだいたいみんな感動するのです。

博士と助手に「うまい」と言わせたかばんちゃんのカレー

前回の考察でご紹介したとおり、博士と助手は最初こそ動物の本能で「辛い料理=カレー」の味を嫌がっていたものの、フレンズ化した体に基づいた「ヒトに近い味覚」が徐々にその役割を発揮し、カレーの辛さ=刺激の強さの虜になってしまったのだと考えられます。

最初に「不合格」といっていながらもカレー一皿をまるごと完食し、続けておかわりを要求していることからも、単純に初めて食べる料理に感動したばかりでなく、「かばんちゃんのカレー」の味が気に入ったのだと考えていいでしょう。

サーバルとかばんちゃんはなぜ料理を食べなかったか

ここでひとつ付け加えて重要な点に触れておくのなら、かばんちゃんとサーバルは料理を食べていない、ということを忘れてはいけません。2人は料理を作った本人なのですし、サーバルがカットした材料は十分にあるはずですから、一皿とはいかなくても一口くらいは食べるのがむしろ自然だと言うべきです。それなのに彼女たちが料理を口にしなかった理由はなぜでしょうか?

これは人間というよりも、むしろ動物の立場に立ってみたほうがわかりやすいかもしれません。サーバルやかばんちゃんはフレンズ化してまだ間もなく、しかもジャパリパークの中でも「都会」といっていい図書館から遠く離れたさばんなで暮らしていました。

けものフレンズ7話感想その10:料理と嘘とフレンズ
【Aパート 「りょうり」って何?】 「かばんちゃんが何の動物なのか教えてほしい」と尋ねるサーバルに対して、博士は「料理をつくること」という条件を提案。料理とは一体何なのか2人に対して語り始めまし...

彼女たちは料理を知ったのも今日が初めてですし、何より「食事を楽しむ」という概念をあまりよく理解していないと考えられます。せいぜいカフェで紅茶を飲みながらゆっくりと過ごし、リラックスした感覚を得たのが最も近い感覚だったでしょう。

つまり、彼女たちにとって料理とはこの場で「博士と助手にかばんちゃんの正体を教えてもらうもの」でしかなく、それゆえに「ちょっと味見をしてみよう」というような感覚自体もたなかったのだと考えられます。

視聴者はとっくの昔に気づいていたかばんちゃんの正体

博士と助手に料理を披露し、満足させることができたのでかばんちゃんはついに何の動物か教えてもらうことができました。博士が語ったかばんちゃんの正体とは「ヒト」だというものです。サーバルが語ったように、すでにハシビロコウの口から語られていた内容と同じだったため、サーバルもかばんちゃんも特別な驚きはありませんでした。

サーバルとかばんちゃんの薄いリアクションに博士と助手は不満な表情を浮かべますが、同じように視聴者もこのシーンで特に驚くようなことはなかったと思います。考えてみれば、かばんちゃんがヒトである可能性は随所で示されていました。代表的なものを挙げてみるだけでも次のようになります。

・尻尾と耳のないフレンズ(1話)

・長距離移動が得意、素材を加工して道具を作る、投擲を行う(1話)

・記号の意味を理解する(4話)

・文字を読む、料理をする(7話)

これだけの材料が揃っていれば、かなり早い段階で大半の視聴者が「かばんちゃんはおそらくヒトだろう」と考えていたはずです。

ハシビロコウのセリフは、演出上の意図から生まれた

主人公であるかばんちゃんがヒトだということは、けものフレンズという作品のテーマの中に「ヒトと動物(フレンズ)の関係」というものが含まれることもまた多くの人がうすうすは気がついていたことでしょう。となると、残された問題は「劇中でその事実をどのように暴露するか」という演出上の都合です。

つまり、けものフレンズは作中で以下のような演出意図を達成する必要があったわけです。

・かばんちゃんを主人公にして、ヒトと動物(フレンズ)の関係を描きたかった

・早い段階で視聴者にその意図を伝えるため、かばんちゃんの正体がわかる伏線を貼っていた

・ストーリーの何処かの段階で、かばんちゃんも自分がヒトだと気がつく必要がある

ひとつ目とふたつ目のポイントについては、劇中にすでに盛り込まれていました。従って残された問題は「劇中、かばんちゃん自身にいかにして己の正体を伝えるか?」というものです。

そのように考えると、なぜ6話のラストでハシビロコウがかばんちゃんの正体を示唆するシーンが必要だったのか、お分かりいただけると思います。サーバルとかばんちゃんが博士から正体を伝えられたときに驚かなかったのは、先にハシビロコウから同じことを言われていたからです。言い換えると、もしハシビロコウのシーンがなければ、かばんちゃんとサーバルはこのシーンで初めて「ヒト」という動物の名前を知るはずでした。

ただ、そうなるとかばんちゃんは博士が言ったように「自分の正体を知り驚く」というリアクションをしなければいけなくなります。ですが、そのリアクションは多くの視聴者にとっては共感しにくいものになってしまっていたでしょう。なぜなら、視聴者の大半はこれまでに貼られた伏線により、この時点で「かばんちゃんはヒト」だと気がついているはずです。従って、博士が正体を明らかにしたとしても「ああ、やっぱりそうだったか」という感想を持つ方がほとんどだったでしょう。

視聴者にとっては何の驚きもないシーンで、かばんちゃんやサーバルが大げさに驚いたり、喜んだりしていては、2人は視聴者にとって共感しにくいキャラクターになってしまいます。もちろん、あえてそういう描き方をする場合もありますが、今回に関しては「かばんちゃんがヒトである」ということがストーリーのテーマ(ヒトとフレンズの関係)に深く結びついているため、この点でかばんちゃんに視聴者が共感しにくいリアクションを取らせるわけにはいかなかったのだと思います。

視聴者もかばんちゃんも、正体が判明したのに特に大きな感動が生まれなかったことから、ストーリーの焦点はすでに新しい段階に進んでいることがわかります。それは果たしてどのようなものなのか、次回以降詳しく考えていくことにしましょう。