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けものフレンズ5話感想その22:描かれ始める「かばんちゃんの心の中」

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諸注意

けものフレンズ5話感想その21:かばんちゃんとサーバルが起こした技術革命
【Bパート 完成した家の使い心地は?】 ビーバーが指示を出し、プレーリーが作業をする方法で、いよいよ2人の家が完成しました。 4人:できたーー!!! かばんちゃん:おおーっ!! ...

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【Bパート ビーバー、プレーリーとの別れ】

ビーバーとプレーリーの家づくりを見事完成させたサーバルとかばんちゃん。夕日が沈む中、2人はこはんを後にします。

アメリカビーバー:2人のお陰で立派な家ができたっすよ。

オグロプレーリードッグ:ようやく、落ち着いて暮らせるであります。かばん殿の一声あってこそであります。

かばんちゃん:えっ!いやぁ、僕、力もないし、あんまりお手伝いできなくて・・・。

ビーバー:そういう動物なんじゃないすか?考えるのが得意だとか。

プレーリー:そうであります!いい動物に違いないでありますよ!

かばんちゃん:・・・うん!

サーバル:それじゃ、行こうか。

ビーバー:あっ、その前に・・・。

プレーリー:あっ!

かばんちゃんを褒めるビーバーとプレーリー

台詞が多く、長く感じられたけものフレンズ5話もいよいよ終わりのときが近づいてきました。ビーバーもプレーリーも「家ができたのはあなたのおかげ」とかばんちゃんを褒め称えます。

かばんちゃんのほうはというと、力がなく、作業の手伝いがあまりできなかったことを逆に申し訳なく感じていたようです。しかし、この点についてビーバーが「(かばんちゃんの正体は)考えるのが得意な動物なのではないか?」と発言しプレーリーも同調します。

なぜかばんちゃんは「いい動物に違いない」のか?

4話までの展開から、かばんちゃんの正体は「ヒト」ではないか、ということが濃厚にほのめかされています。特に4話におけるツチノコの発言は、視聴者にかばんちゃんがヒトであることをかなりの確度で示唆していました。

また、かばんちゃんは「じゃんぐるの川に橋を架ける」、「ジャパリカフェに目印をつくる」などして各ちほーに住むフレンズたちをその知恵で何度も助けています。5話の活躍も「知恵を発揮して他のフレンズを助ける」というもので基本的にこのラインに沿ったものです。

しかし、5話では今までとは決定的に違う点がひとつありました。それはビーバーとプレーリーがかばんちゃんの正体について「いい動物に違いない」と発言しているところです。

これまでも、ツチノコのようにかばんちゃんの正体に疑問を持つ登場人物は存在しています。ですが、どんな動物なのかについて具体的に言及したり、仮説を立てたりすることはありませんでした。(唯一の例外がかばんちゃんの正体をほぼ確信していたツチノコでしたが、彼女はその点を指摘することなく別れてしまいました)

「かばんちゃんの内面」が描かれ始める

ビーバーとプレーリーは、かばんちゃんの正体を予想したばかりか、「きっといい動物だ」とかばんちゃんを励ましています。なぜ2人はこのような行動をとったのでしょうか?

考えられる理由は、「今後のストーリーが徐々にかばんちゃんの内面にフォーカスしていく」という演出上の意図を暗示しているというものです。アニメ「けものフレンズ」は1話から4話までは登場するフレンズやジャパリパークなど、「世界観」がストーリーの主軸になっていました。主人公が今いる場所はどんなところなのか?どんな人物がいるのか?といった部分を描くのがメインのストーリーだったのです。

特に4話では遺跡(地下迷宮)やツチノコが語った「過去にパークで起きた異変」など確信的な部分に話が及び、世界観については視聴者に一定の情報提供が済んだといえます。となると、次に重要なのは「そんな世界の中で、主人公はどう行動していくか?」という点でしょう。

そのため、4話のラストではかばんちゃんの正体が「ヒトではないか」という可能性が示唆されたのだと思います。つまり、「キャラクターの背景に関する情報提供」が開始されたということです。そのキャラクター(今回の場合は主人公であるかばんちゃん)がどういう人物なのかが伝われば、視聴者は以前よりもより感情移入してストーリーを楽しむことができます。

知恵はあっても自信がなかったかばんちゃん

思い返してみると、4話までのかばんちゃんは活躍するシーンこそ多いものの、どこかとらえどころのない部分を多く持つキャラクターでした。「正体がわからない」という理由はもちろんですが、積極性を見せるときもあれば消極的になるときもあるなど、常に明るく前向きなサーバルと比較する対照的です。私には、どこか「キャラクターとしての芯が座っていない」ような印象が感じられました。

しかし、よくよく考えてみればその理由は明らかです。「かばんちゃんの正体がわからない」という事実をもっとも気にしているのはかばんちゃん自身にほかなりません。自分が何者かわからないということは、アイデンティティが不安定になっているということで、自分に自信がもてなくても仕方ありません。

だからこそ5話までのかばんちゃんは、何か画期的な思いつきをしたときも「あのー、試してみたいんですが」というふうに少し腰が引けた感じで提案していたのです。自分が思いついたアイデアが自分の中のどういう部分から出てきたものなのか、自分自身ですら確信が持てないからこそ、自信を持って提案することができなかったのです。

少し先の話をしてしまいますが、このあたりの描き方はかばんちゃんが自分の正体を知った後(7話以降)の振る舞い方と比較すると対照的で面白いと思います。

かばんちゃんが大きく喜んだ理由

かばんちゃんは自分の正体について「きっといい動物に違いない」と言ってくれたビーバーとプレーリーに対して、「うん!」と嬉しそうにうなずきます。この感情表現は、ここまでのどこか自信がなさそうな、控えめなかばんちゃんと比較すると意外に感じられるリアクションです。

先に述べたように、「自分が何者なのかわからない」ということを最も気にしていたのはかばんちゃん自身にほかなりません。この点について、サーバルのように一緒についてきてくれる人や「何の動物かわかるといいね」などと声をかけてくれる人はいました。しかし、かばんちゃんの不安な気持ちに共感を示したり、勇気づけたりしてくれる人はいなかったのです。

登場人物の中で、こうしたかばんちゃんの不安や悩みに共感を示し、はじめて励ましてくれたがビーバーとプレーリーでした。だからこそかばんちゃんはその気持ちが嬉しくて「うん!」と素直に喜びを表現できたのです。